中国文化を少しでも知っていれば、これらの名前を知っているはずです。劉備、関羽、張飛、諸葛亮。彼らは三国時代(220〜280年)の英雄であり、成都は彼らの王国蜀漢の都でした。千八百年後も、彼らの物語は中国人が忠義、戦略、友情について語る方法を形作り続けています。すべては武侯祠に集約されます。
実際に何を訪ねているのか
武侯祠は珍しい複合体です。天才軍師諸葛亮を祀る祠が、長い年月を経て王劉備の陵(恵陵)と合体しています。赤い塀に囲まれた杉の並ぶ道が、殿堂、石碑、蜀漢の英雄像の広間をつなぎます。最も写真に撮られるのは赤塀の竹の道で、竹の隙間からの日差しが朱色の塀に筋を描きます。
なぜ今も諸葛亮が大事か
- 彼は忠義、無私、英明な助言者の文化的理想です。『出師表』は今も中国の生徒の暗唱科目です。
- 彼の名は「計略を持って臨む」の代名詞です。
- 14世紀の小説『三国志演義』で脚色され、北京からシンガポールまで、中国語を話す誰もがその物語を知っています。
隣の錦里古街
祠の裏手に錦里があります。小吃、飴細工、お面、茶屋が並ぶ清代風に再建された街です。商業的ですが、夕暮れに灯りがともると風情があります。昼は祠を、夕暮れは錦里を食べ歩きましょう。
実用情報
- 住所:武侯区武侯祠大街231号
- 交通:地下鉄3号線高升橋駅から公園を抜けて徒歩約10分
- 開館時間:夏は8:00〜20:00、冬はやや早く閉館。園内は夜も開放
- 入場料:約50元。錦里古街自体は無料
- ヒント:物語を知らないと像は意味をなしません。ガイドか音声ガイドを。団客を避けて早朝に。祠2時間+錦里1時間を見積もって。
諸葛亮の殿前に立ち、杉の木陰に包まれると、千七百年前に没した政治家がなぜ今も敬意を込めて「武侯」と呼ばれるかがわかります。